トップ > 指導者だより > 深山の船舶活動

指導者だより

« 受け継がれるもの | メイン | 思い出をしまう »

深山の船舶活動

山村留学指導員 山口楓雅

 薬師岳登山の下見を済ませ、北ア奥地は上ノ廊下と呼ばれる渓谷へ。ここで私は船舶活動を行う。
 使用するのは、パックラフトという一人用ボート。地底探検用として所有しているが、川下りやセーリングも可能だ。そんな万能船への理解を深めるため、今回は黒部川源流部を舞台に、下山手段としての川下りを目指す。ボート一式と数日分の野営登山装備を詰め込んだ巨大なザックを背負い、美しい山々の奥地へ歩むのである。

 薬師沢を通過、黒部川本流へと降り立ち、いざ出航。心地よい流れの淵(ふち)と、度々出会うスリリングな瀬。それらが内包された深く雄大な谷を漕(こ)ぎ進む高揚感は、何物にも代え難い。いつしか日が傾き、着岸し火を焚(た)いて、一日を終えた。
 翌日、出発直後のことだった。急な瀬を落ちたところで、パドルの右ブレードが脱落した。原因はおそらく強度不足。軽量な部品を使ったのが裏目に出た。後悔する暇はなく、実質的にシングルブレードでの旅を余儀なくされる。案の定、従来のパドルワークが出来ず、ザックを水に曝【ルビ:さら】してしまった。結果、全てのバッテリーが水没し、わずかな残量の携帯が残った。
 決断の時。このまま進んで目的地まで行く体力はある。しかし、不十分なパドルで、電子機器も使えず、何かあってからでは遅い。
 撤退を決意した。脱出路として目していた岩苔小谷(いわこけこたに)に入り、高天原(たかまがはら)まで上り詰める。紙地図とコンパス、即席のハーネスを使い、濡(ぬ)れた荷物を背負って道なき谷と尾根を行くのは尋常ではなかったが、経験を生存に役立てることが嬉しい。そんな先で開いた高天原の景色は、まさに天上だった。
 登山、船舶、野営、撤退の決断。未熟な身だが、この経験が山留の活動にも活かせることを願う。

写真:「最高の野営場」
写真:「最高の野営場」















©SODATERUKAI All rights reserved.