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指導者だより

「外へ出る」

2021年09月

山村留学指導員 有坂亮祐

 今まで、ヒグラシが鳴いていたのに、いつのまにかツクツクボウシの鳴き声が混ざっている。夜も冷え込むようになり、夏が終わりを告げようとしている。
 今年はコロナウイルスの影響で、育てる会の夏行事がなく、子どもがいない夏休みをのんびりと過ごしていた。厳密に言うと、夏行事がなかったのは去年からのことであるし、のんびりと過ごしたと言っても、村の行事の手伝いをしながら過ごす八月だった。

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育てる会であるよりも

2021年08月

山村留学指導員 有坂亮祐

 梅雨の終わりごろから、ひぐらしがなきはじめ、気づいたころにはツクツクボウシがなき始めている。うだるような暑さの八月上旬。このころからすでに夏の終わりを感じさせる声だった。
 新年が明けて早八か月。ブログの一件(「育てる」通巻第635号指導者だより参照)があってから、村の人と関わる機会が劇的に増えた。いや、意図的に積極的にかかわるようにした、といったほうが正しいかもしれない。

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関わり

2021年07月

山村留学指導員 有坂亮祐

 前号(通巻第635号)で、人のために尽くすことの大切さを知ったことについて書きました。今回はその続きの話になります。

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遠回り

2021年06月

山村留学指導員 有坂亮祐

 大川村のブログは毎日更新している。以前は不定期更新で、週に一回あるかないかという頻度だった。ブログに対して、思い入れもなく、読んでくれている人の顔を想像して書くことなどなかった。
 しかし、留学生の保護者からは「いつも、ブログを上げてくださりありがとうございます」と、言われることが多かった。大したことをしていないのに、勘違いした高揚感が生まれたときもある。

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大川赴任四年目

2021年05月

山村留学指導員 有坂亮祐

 今年も大川ではミツマタの黄色の花が咲いた。
 例年、大川村では新規に山村留学を始める子の割合が非常に少ない(継続生が多い)が、今年は半分近くが新規で留学を始める子たちだった。メンバーが変わり、留学センターの雰囲気も去年とは違ったものになる。どう違うか、と問われると、「落ち着いた」という言葉が真っ先に頭に浮かぶ。

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生きる力

2021年03月

山村留学指導員 有坂亮祐

 留学生を見送ったあと、事務仕事を片付け、気分転換にドライブに出かけた。この時代なので、車から出ることはほとんどないドライブだが、運転している最中に見かけた白い蕾に目を奪われる。「まだ一月だというのに早すぎないか」と思った。それから一瞬遅れ、電撃が走るようにある花のことを思い出す。

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二〇二〇年

2021年01月

山村留学指導員 有坂亮祐

 年が変わる瞬間はいつも静かだ。年明けのカウントダウンや十二時過ぎてからの初もうでに行こうとするなら、静かに変わるということはないのだと思うが、家で過ごしていると、静かに令和三年を迎えることになる。

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失敗経験

2020年12月

山村留学指導員 有坂亮祐

 木々の葉っぱが、いつの間にか無くなり、赤かった山々に茶色の部分が増え始めている。ここ最近は暖かく、冬のおとずれなど感じなかったが、木々はすでに冬の準備を終えようとしていた。
 大川村では、小中学校の学習発表会や村の文化祭が終わった。しかし、部活の大会やマラソン大会が残っている。留学生にとって、年末よりも十一月中旬からの行事ラッシュのほうがよっぽど忙しいのかもしれない。

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「劇"埋没"」

2020年11月

山村留学指導員  有坂亮祐

 毎朝、「朝のつどい」で外に出ることに抵抗が出てきた。朝の外気は五度を下回る予報が出る日が増えてきている。
 この前、留学生と「埋没」という公演を見てきた。これは早明浦(さめうら)ダム建設計画が持ち上がったときの大川村の様子を劇にしたものだ。

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保護者と指導員

2020年10月

山村留学指導員 有坂亮祐

 空を見上げれば飛んでいた燕の大群がいつの間にかいなくなっている。彼らは冬を越すために遠く南の方まで飛んで行ったのだろう。遠い所へ行くものはインドネシア諸島を経由してオーストラリアまで飛んでいく説もあるとか。過酷な長旅なのは想像するにたやすい。

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