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得難い素敵な経験
山村留学売木学園
山村留学指導員 戸田佐和子
学園では"もみじ"という採卵鶏を飼育している。センター生活中の朝、当番で世話に励む学園生。中には鶏を怖がる子もいるが、小屋に卵があると「卵あった!」と皆嬉しそうに採取し、洗って厨房へ。そして、新鮮な卵を食べられる幸せや喜びを享受している。
五月二十日頃、四月末に孵〔ふ〕卵器に入れた有精卵と思しき四つの卵のうち二つが孵〔かえ〕った。子どもたちは、ケージの中の、ふわふわした黄色のピヨピヨと鳴く小さくて可愛らしい雛〔ひな〕にメロメロになった。
雛が誕生する瞬間を子どもたちと見守りたいと思った。鶏の標準孵化日数は約二十一日。六月中旬からのセンター生活中に孵化するよう逆算。五月下旬の五日間採卵し、期待を込めて孵卵器に入れた。
暖かいケージの中ですくすく育つ二羽の幼雛を「もう雛じゃない!」と言いつつも目を細める子に皆共感していた頃、孵卵器の中で順に五つ孵化した。多少前後したが約三週間でとりあえず誕生はしたので、有精卵率は百%だった。
三羽めまで、子どもたちは所謂〔いわゆる〕イメージ通りの状態の雛と初対面。四・五羽めは、雛が内側から卵の殻をつつく"啐〔そつ〕"(嘴〔はし〕打ち)を朝、確認した。ある子は「殻を破って出てくる瞬間を見たい!」「生まれたてはグロいの?」「写真に撮っておいて!」と矢継ぎ早に言い、登校。私は先の三羽の誕生を見守った経験から、啐から孵化までかなり時間がかかると踏み、誕生の瞬間を皆で見届けられると確信した。日中、気にかけていたこともあり、嘴打ち開始から十数時間後、子どもたちは折よく雛誕生の瞬間を目に焼き付けられた。孵卵器越しに息を凝らして、力強く生々しい姿を見守り「生命の神秘だ?」「感動!」と口にした。残念なことに二日後一羽落鳥したが、無事に生まれ健康に育つことは、決して当たり前ではなく奇跡なのだと改めて気づかされた様だ。
私は、何度か孵〔ふ〕化を見届ける中で"啐啄〔 そったく〕の機"という禅由来の言葉を知った。
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写真:固唾をのんで見守る
